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№4 [フィクション]

「トキコ」

僕はぽつりと話しだす。

「君は馬鹿なのかな。」

問いかけでも何でもない。

返事もなくてかまわない。

案の定、トキコは黙っている。

「人は皆、愚かだよ。僕もね。」

彼女が力なく顔をこちらに向ける。

床に座り込んでいる、なにもない日当たりのいい部屋の陽だまりに二人。

「君はいらないのかな。」

これも、返事はいらなかったが、トキコはうなずいた。

「僕は思うんだ。その人はその人が自分をいらないと思ったとき、八割はいらない人間になる。」

八って数字はフィーリングだよとつけ足す。

「それでも残りの二割、まわりのものに必要とされている。でも、トキコ、その二割がすべてじゃない。そう見える
かもしれないけど、そうじゃない。」

君なら分かるはずだよトキコ。視線を合わせると彼女は耳をふさぎたいような悲痛な顔をしていた。

「八割は自分で決めるんだ。自分で自分を必要だと感じたら、あとの二割も自然とついてくる。」




ヘイジは考えていたんだね。

私の泣きごとの答えを。

別にいいのに、そんなくだらないこと考えなくても。

…違う。

期待していた。

聡明なヘイジなら、私の涙の栓を閉められるんじゃないかって。

「自分で自分を必要とする」耳が痛い答えだった。

私は、必要とすることを知らない。

ただ、その反対なら知っている。

それは、楽だし簡単なことだ。

そして、半身に置いていかれるのと同じぐらい悲しいことだ。

「仕事ってなんだと思う?」

ヘイジがひとり言のように言う。

「単刀直入に言うとね、僕はその人がその人であることが一番大きな仕事の意味だと思うんだ。」

ちょっと分かり辛くて眉をよせた。

「これって、けっこう大変だよね。トキコの場合は特に。だって、自分が嫌いなんだから。」




「私が私でいること…」

トキコが口を開いた。

「そう。だって八割のほうも君が君でなくちゃ、トキコが自分を好きでなくちゃ成り立たない。」

ここからが本題だとヘイジは体をトキコのほうにむける。

「そして、僕があげる二割も成り立たない。でも、自分が馬鹿だと、いらないと思うトキコなら分かるはずだよ、自
分を見つめることをを知っているのなら分かるはずだ。」

つっとトキコから涙が一粒出て、うっと小さな声が聞こえた。

もう少しだ、とヘイジは思った。

「急にとは言わない。でも、かしこいトキコ。自分を見極めようとするトキコ。どんな人間も自分で自分を認めなけ
れば、他人からの称賛すら空しい。」

トキコが浮かされたようにつぶやく、

「他人からの称賛にしか…自分を見いだせないなんて…そんなの悲しい…か な し い…」

なにもないフローリングの日当たりの良い部屋の陽だまりで、トキコは自分自身を抱きしめた。

「うわーん!!」

トキコはごうかいに泣いた。

「あはははは!」

ヘイジは笑った。

奇妙な部屋。

幼い子供のように泣く女性と、クックッと腹を抱えて笑う青年。

「ねえ、トキコ。少し分かったみたいだから、二割をあげる。正しくは二割のほんの一部をあげる。」

ううっとしゃくりあげながらトキコはヘイジのほうを見た。

「トキコ、大好き。」

ぴたっとトキコの涙が止まる。

「でも、これは二割のごく一部、トキコを好きな人はいっぱいいる。トキコがトキコだから好きな人はいっぱい、い
る。」

トキコがしかめつらになる。

でも、乗りかけた電車を逃すつもりはないらしい。

「私、私さ…」

言い淀むが、ヘイジは饒舌だ。

「トキコにはいろいろなトキコがいるかもしれない。僕はそのいろいろの中の、ごうかいに泣くトキコが僕のトキコ
で良かった。」

トキコはちょっと考えてから、

「かっこ悪いよ?」

といぶかしげに言った。

「僕も紳士じゃなかったね。」

ヘイジはまだ笑っている。

「他の人の前じゃ、ごうかいに泣かないで。」

ヘイジが左手を差し出す。

「ヘイジも他の人だったら、黙って聞かないで。」

トキコが右手でその手を握る。

「トキコ、質問してもいいかな?」

トキコはうなずいた。

「君の好きは、どんな好き?」

トキコはまっすぐに、素直に

「友情と親愛と恋心で好き。」

と言った。

ヘイジは少し涙ぐんで

「また、メールをくれる?僕の前でごうかいに泣いてくれる?」

さらにたずねた。

「ヘイジの側にいられたらいい。」

トキコが涙の跡が残る顔で、でもはっきりと強く言った。

ヘイジは顔を赤らめて、うれしそうに泣いた。

そして一言

「トキコはガラス細工みたいだよ。」

ふたりして笑い泣きをした。
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